很久沒有發文了。

這將近兩年的時間裡有了很多變化,那是在當上班族的時候是完全沒有想像過的。

日文裡有一句話,「石の上にも三年」(在石頭上待3年),意思是說,任何一件事情只要你長時間持續努力,可以有所成就。(你在石頭上座三年,石頭也會變溫暖的)

出社會之後,我對這句話中的道理特別有感觸,在上一個公司待了3年,從草創期待到穩定期,看著公司的變化,人的變化,我在公司定位的變化...

最後會離開公司是因為感到自己在公司所扮演的角色不再需要了,工作算是告一段落了,而我終於可以放心的離開,我剛好也感到需要新的刺激!

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 自宅でハンドドリップコーヒーを淹れるようになってから、もうすぐ2年が経とうとしている。(コーヒーが好きになった経緯は:コーヒーが好き)コーノ式は最初に出会った淹れ方だが、近ごろ縁あって、コーノ式かなざわ珈琲との出会いがあった。淹れ方についてはその道のプロの方が語るべきことだと思うので、ここでは触れない。

 コーノ式の最初の印象は茶道のような、禅のような。茶道も禅もきちんと学んだことはないので、あくまで雰囲気の話である。

 ワンルームの部屋で新鮮な豆を挽くと、豆の香りがあっと言う間に空気中に充満して、心が落ち着く。手挽きミルなので、粒度はどうしてもばらつきが出てしまうが、焦らず、丁寧にミルを回すと、何となくばらつきが抑えられる気がする。湯を沸かしてコーヒーポットを温め、粉を整えて濾紙をセットする。必要な道具をそろえながら、お湯が適温になるのを待つ。

じっと温度計を見つめていると、不思議と無心になってくる。適温になったのを見計らって、ポットを手にとり、大きく深呼吸・・・間を置いて、静かに水をポタポタと垂らす。多くの失敗を繰り返し、美味しく淹れるコツを模索していく中で、ついには膨らんでくるコーヒー粉と会話しているような気がしてくる。そう言えば、焼肉店で肉を焼いているときも、「そろそろ裏返すタイミングですよ」とか「今が美味しい食べ時だよ!」とか、肉が訴えている気がしたものだ。(注:実際には何も聞こえません。)

 さて、そんなコーヒー生活を送っていたら、今度はコーノ式かなざわ珈琲と巡り合った。しかも実際に器具に触らせてもらえる機会に恵まれたのだが、ポットを軽く前後に揺らしてポットの中で波を作り、出てくる水量を調節するというもの。リズムさえ掴めば、自由自在にお湯を操れる。なんだか、随分と前に少しかじったアルゼンチンタンゴみたいだと思った。

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piano@home

人生の中で、これまで様々なことに対して情熱を燃やしてきたが、音楽は最初の対象だったように思う。『其實,我的人生目標是連貫的』でも書いたが、小さい頃から音楽は私にとってコミュニケーションの言語であり、ピアノは気心の知れた友人であった。

ピアノというのはメーカーや型によって鍵盤のタッチ、音の響きが異なり、人間関係でも好き嫌いがあるように、ピアノも人によって好みが違う。また、同じメーカーでも製造した年代によって若干違いがあるようで、中古ピアノに至っては長年弾いていた人の癖や保管状態によって、良くも悪くもかなり差が出てくる。

母がピアノを弾くので、生まれたときから家にはピアノがあった。ドイツ製のジャズ演奏に適したアップライトのピアノであったと聞いている。小さい頃から母がピアノを弾く姿を見ていたせいか、4-5歳になると見よう見まねで楽譜を目の前に置き、じゃかじゃか鍵盤を鳴らしながら、弾いてはページをめくっていたという。

本格的にピアノを習いだした6歳のころ、元のピアノの鍵盤が重くて子供には適さないことと、「どうせなら一生付き合えるピアノを」という母の強い思いから、母はアップライトを手放し、なけなしの貯金をつぎ込んで当時のヤマハのグランドピアノ3号を購入した。私は覚えていないのだが、購入に際しては店頭でアップライト、ミニグランド、3号のグランドを私に弾かせた結果、生意気にも「これがいい」と3号のグランドピアノを選んだらしい。このとき思い切って購入してくれた母には今でも感謝している。

このピアノはその後、どこに行くにも手放すことなく、ずっと連れ添うことになる。今は台湾で一人、ワンルームを借りているのでさすがにピアノは置けないが、日本の家に帰ると毎日欠かさず弾くほどの、大事な古友である。

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 日本にいたときは穴場のカフェを発掘するのが好きで、あまり人が行かないような街に出向いては、雰囲気の良さそうなカフェに立ち寄って、美味しいスイーツとお茶を楽しむのが定番の休日だった。人ごみが苦手なので、有名店にはまず行かないし、あまり人のいない美術館や下町に行くことが多かった。日帰りできる距離であれば、電車を乗り継いで都心を離れることもある。どのカフェに入るかは、なんとなくの直感で決めるのだが、メニューやガラス越しの内装を見て、トレンドに乗ることなく何かしら強いこだわりを感じる場合は、たいてい美味しいスイーツとお茶に巡り合える。お店の細かい部分に気をつかうということは、メインの飲食にもこだわりがあるのだろう。

 台湾に来てからもカフェ巡りの趣味はそのまま、ところがある時メニューを見ていてふと、シングルオリジンのコーヒーが気になった。それまでコーヒーを好んで飲むことはなかったし、せいぜいスタバのフラペチーノのベースに入っているくらいで、ブラックコーヒーというと、ただ苦いだけという印象しか持っていなかった。それに、日本のカフェで見かけたときは、コナだのコスタリカだのイエメンだの、地名なのか何かよくわからないカタカナが並んでいて、お値段もそれなりにするので、思い切って試してみることもなかった。

 それが、台湾のカフェだと180~280元(日本円にして約560~890円)くらいの価格で頼める品目があったりする。ちょうど入ったお店がコーヒーをハンドドリップで入れているということもあり(確かサイフォンも選べる)、何だかこだわりを感じるので、一杯頼んでみた。どの地域の豆を頼んだかはもう忘れてしまったのだが、以前のコーヒーのイメージとは違い、嫌な苦みも渋みもなく、それどころか甘味やフルーツのような後味すら感じたのを覚えている。それ以後コーヒーが好きになり、スイーツ目当てのカフェめぐりから、美味しいコーヒーショップ巡りに転身した。

 ちなみに私が台湾でコーヒーに目覚めたお店は、観光地としても有名な永康街の突き当り、金華街の曲がり角にある「Finca coffee & tea 莊園咖啡」である。シングルオリジンのコーヒーを頼むと、豆をひいたあとガラスの器に入れて持ってきてくれ、今から淹れる豆の香りを嗅ぐことができる。二回目に行ったときは、イエメンのモカを頼んだのだが、ここでまた印象に残る体験をすることになった。

 通常、コーヒーの味を形容するときは、ナッツのような~とか、チョコレートのような~とか、砂糖漬けのチェリーとかが一般的だと思うのだが、この日はなぜか素敵な男性のイメージが浮かんできた。メガネをかけた背の高い男性、しかも化学専攻というイメージまで湧いている。顔立ちはすっきりと整い、肌は白く、切れ長の目は眼光も鋭い。性格は冷静沈着、理性的なのだが、夜になると感受性豊かな芸術家に変身する…というちょっとクセのある男性である。たぶん、イエメンモカの味を表現できるようなうまい言葉が浮かばなかったので、直接映像のイメージになったのだろう。

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  口譯和翻譯在市場上有各種的價位,自己開始接案之後,關於定價也是思考了許久,最後落在市場上中等到中高的價位。首先,我試著整理以前做過的口譯與翻譯的經驗,定位出自己可以提供的價值是什麼…

 1. 過去做的口譯多半是中日同步口譯,由於特殊的原因對翻譯精確度的要求是比較仔細的,除了語詞要恰當還要盡量譯出當事人的語氣。所以我自己對於用字與專業用語是不斷地琢磨,做完每一場之後總是會反省翻譯的是否得當或是有更恰當的用詞,日文是我的母語促使我用語詞更加嚴僅,因此得到了合作對象的肯定。有些場合需要做日中口譯,雖然中文不是我的母語,但藉著工作的機會觀察台灣人的同事與客戶的互動方式、做簡報的語氣,持續地提升我的專業能力。

 2. 這些對口譯的龜毛程度也影響了我做文書翻譯的心態,我對翻譯成品的要求是要讓閱讀的人無法發現是經過翻譯的文章,打破原文的文法結構也要完整的用另一種語言呈現內容。現在是自由譯者了,對自己更是挑剔。日中翻譯的話還是會有翻成非母語的障礙,可是我對日文原文的了解是可以達到百分之百的,所以說雖然現在需要協助例如另外找人潤稿,但我相信只要繼續花時間琢磨還是可以更接近身為譯者的理想。

  我對自己的工作要求,口譯翻譯的準備工作以及翻譯的收尾工作需要較多的時間是為了確保翻譯的品質,故相對之下服務的價格就不可能便宜,但也不是最貴的。就我個人而言, 口譯與翻譯的價格實際上會根據委託的內容與專業性的不同,價格上是會有所差異。例如:會議或活動、成品的性質,時間的長短、緊迫度,翻譯的文字量,口譯的地點等都是其重要因素。

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  相信住在台灣的人都知道這兩者的差異,前者是牛肉湯加麵沒有肉、後者是牛肉湯加麵加牛肉塊,可當我第一次看到這兩道菜同時出現在菜單時是非常困惑的。後來在其他場合觀察到日本人觀光客看著中文發呆,即便是看到直翻的日文之後那些日本人也是同樣的困惑…日本人的理解是牛肉湯麵是有肉有湯有麵的,那牛肉麵是…?牛肉麵沒有湯嗎?但為什麼它比較貴?實際上聽說過有人原本想要點有肉有湯有麵的牛肉湯麵,結果端上來才發現是牛肉湯麵。

  所以說這兩道菜要翻成日文,我覺得如果要更貼切並考慮到日本人的思維模式,最好是註解有肉或無肉,牛肉麵也可以表示是有湯的,讓第一次看到的人知道「牛肉」指的是什麼,也不會因為有無「湯」的字而感到困惑。

牛肉湯麵=牛肉スープ麺・肉なし

牛肉麵=牛肉スープ麺・肉あり

  其實這除了字意上的差異之外就是思考模式,我們台灣人都理所當然的知道牛肉湯麵和牛肉麵的差別,是因為我們生活在這裡。然而我想要達到的翻譯境界就是在文字或言語中反映出無形的文化背景,並減少不同文化之間的誤解或是磨擦,真正的連繫人與人之間的溝通。

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  小時候的我想要成為鋼琴教師,因為音樂對我而言是輕鬆自在的語言,它的表現方式比文字更多元且充滿了色彩與表情。我想要選擇用音樂和全世界溝通,如果可以用音樂與人溝通,那我的世界就完美了。至今我還是喜歡跟鋼琴相處,它總是懂得我的喜怒哀樂,除了和陪伴我多年的鋼琴分享我的心情之外,也會去接觸不一樣的鋼琴以及其特質。

  小學五年級,養了一隻貓之後,我這次改變心意想要成為獸醫,總覺得動物的心思較單純比人的心理更容易懂。不過唸國中之後漸漸的又覺得,其實跟同學相處也有不同的樂趣,所以我對這目標也就不那麼執著了。

  上了高中之後開始認真的看新聞,覺得國與國之間的關係充滿了不可思議,當時的我非常的單純,心裡想著為何不能和平相處並且為彼此著想?領導國家的人一定是國家的精英,應該是非常有智慧可以處理各種問題,怎麼可能會造成國際局勢的緊張、國家之間的糾紛,甚至演變成各種形式的戰爭呢?

  高中二年級的時候學校時常邀請外來人士來分享他們的職業,好讓學生們對未來有些具體的方向。有一位同學的父親是在職的外交官,與我們分享了他的職場經驗,激發了我設定新的目標成為外交官,當時我相信透過外交可以找到國際之間和平相處的方法,解決國際間的糾紛。除此之外,我對於日本以外的文化也很好奇,我想要透過外交的工作到世界各地探討更多的新鮮事物。

  進了大學上了研究所之後仍朝著當外交官的夢想努力,但是當我拿到了東京大學的國際公共政策碩士的時候,心裡已有種種的疑慮,總覺得我想要做的事情似乎很難在國家體制下實現,最後放棄考公務員的機會。這個抉擇對當時的我來說是很大的轉變,我擅自離開了一條可能是平坦又光明的大道,卻相信自己心裡面的聲音,不管周圍人說我做的決定有多麼的傻。或許我當時還是可以去考公務員的,留給自己一條退路,可我又覺得即使考上了我應該都不會走回頭路,那又何必呢?

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<サービス項目>

中日同時通訳、日中逐次通訳(母国語は日本語)

各種文書の中日・日中翻訳

その他通訳・翻訳に係る各種サービス

通訳・翻訳費用はケースにより異なります。お気軽にお見積りをご相談ください。

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<服務內容>

中日同步口譯、日中逐步口譯(母語為日文)

中日-日中文書翻譯

各類語言相關的客製化服務(隨行翻譯等)

實際費用根據需求量與難度有所不同,歡迎留言或私訊洽詢!

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